今は名高きアカデミー賞受賞映画『おくりびと』の原作というか元ネタというか。
日記というわけで、ストーリーは希薄です。仕方ないか。
前半が納棺夫(こんな言葉は辞典になく、造語とのこと)となった作者の体験談です。初めての納棺体験から様々な遺体の納棺、また葬儀を取り巻く親族やお坊さんなど人々の様子が描かれています。その中で、作者の死生観・葬儀観などが変わっていく。こんな流れです。
こんな感じで、様々な納棺の事例を述べていくのかと思ったら、これが違うんですよね。後半は『納棺夫日記』というタイトルにそぐわない、死生観の話になってきます。特に親鸞が強く取り上げられ、なんだか《私の死生観》っていう哲学書か新書を読んでいるみたいです。まあ、随筆という点では「日記」であることに間違いはないんですが。
ということで、最後のほうはやたら”光”だとか宗教だとか持ち出してるし、結構理屈っぽかったりして読む人は選ぶ気がします(作者本人も、最後の章に戸惑いを感じているのを、あとがき等で書いている)。個人的には嫌いじゃないけどね。とりあえず前半と同じ気持ちで読んでると駄目な人もいそうだ。
しかし、宮沢賢治やら正岡子規やら科学やらいろいろ参照してて、どっからその知識集めてくるのかと感心するな。さすが作家だー。
・個人的にいいなと思ったのは、作者も引用している子規の言葉。
「悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬることかと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であつた」
うん、ほんとにいい。前向きと言えば前向きだし。でもこの感想って作者の使い方からすればミスリードか?
・命の”光”に気がつけば、悟りを開ける(可能性がある?)ようですが、どうなんでしょう。悟れれば生死を超越できるんでしょうが、この”光”に気づいてしまうと社会的能力は激減してしまうよう。厳しい現代社会では、致命的であるのでちょっと怖い。ってやっぱり死ぬのが怖いだけだね、ミサキノは。悟りには程遠いな。
とりあえず、「メメントモリ」したいときにはいい本かもしれない。
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